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裁判|葬式費用の支払いと単純承認

■相続放棄する前に被相続人の遺産の一部を処分すると、相続を承認したことになり、以後相続放棄ができなくなります(民921条1号)。
  ※相続放棄後、「相続財産の全部または一部を隠匿し、私に消費し、悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき」も同様(同3号)
■では、葬式費用を被相続人の財産から支払った場合も、上記の<遺産の処分>に該当し、相続放棄できなくなるのか? についての論点

◎大阪高等裁判所 平成14年7月3日決定(家庭裁判月報55巻1号82頁)

 ア.葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果と言わざるをえないものである。
   したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法廷単純承認たる「相続財産の処分」(民921条1号)には当たらないというべきである。

 イ.葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは、葬儀費用の支払とはやや趣を異にする面があるが、一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に、その家に仏壇がなければこれを購入して死者をまつり、墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり、預貯金等の被相続人の財産が残された場合で、相続債務があることが分からない場合に、遺族がこれを利用することも自然な行動である。
   そして、抗告人らが購入した仏壇及び墓石は、いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上、抗告人らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用を支出したが不足したため、一部は自己負担したものである。
   これらの事実に、葬儀費用に関して先に述べたところと併せ考えると、抗告人らが本件貯金を解約し、その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民921条1号)に当たるとは断定できないというべきである

◎大阪高裁 昭和54年3月22日判決(判例タイムズ380号72頁)

 本件のように行方不明であった被相続人が遠隔地で死去したことを所轄警察署から通知され、取り急ぎ同署に赴いた抗告人ら妻、子が同署から戸籍法92条2項、死体取扱規則8条に基づき、被相続人の着衣、見回り品の引取を求められ、前認定一(11)のとおり、やむなく殆ど経済的価値のない財布などの雑品を引取り、なおその際被相続人の所持金2万0432円の引渡しを受けたけれども、右のような些少な金品をもって相続財産(積極財産)とは社会通念上認めることができない(このような経済的価値が皆無に等しい見回り品や火葬費用等に支払われるべき僅かな所持金は、同法897条所定の祭祀供用物の承継ないしこれに準ずるものとして慣習によって処理すれば足りるものであるから、これをもって、相続財産の帰趨を決すべきものではない。
 のみならず、抗告人らは右所持金に自己の所持金を加えた金員をもって、前示のとおり遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払いに充てたのは、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであって、これをもって、相続人が相続財産の存在を知ったとか、債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし、民法921条1号所定の「相続財産の一部を処分した」場合に該るものともいえないのであって、右のような事実によって抗告人が相続の単純承認をしたものと擬制することはできない。

◎東京高等裁判所 昭和3年7月3日判決
「葬式費用に相続財産を支出するが如きは道義上必然の所為」で処分にあたらないとした事例